music&fiorentina...


by 708-z

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omoide in my shelf

新譜を買うお金が全くないので、最近は専ら昔よく聴いてたやつとか、あんまり聴いていなかったやつを引っ張り出している。

そんなことをやっていると、そのアルバムごとにそれをよく聴いていた時代を思い出す。
ちょっとした自分史を音楽でたどることができる。

どのアルバムを聴いても、何らかの過去がよみがえってくる。
もしかしたら、自分は音楽をその時の一切の周りの環境・状況に含めて認識しているのではないかと思ったりもする。
自分でいうのもなんだか気持ち悪いのだが、CD棚とかipodが思い出ライブラーと化しているといっても良いぐらいだ。

昔の作品を聴くのももちろん良いことだが、現在進行形の、つまり新譜を聴くこともとても重要なことだと思う。
なぜなら、ある一つの新しい作品はそれまでの無数の作品群と相対的に存在する。そして、そのことで随時音楽作品群は更新されていくのだ。
昔の作品の中だけでとどまることは、みずから音楽作品群を限定的なものにしてしまいかねない。限定して音楽に対して考えが偏向してしまうのはいやだ。だから、新しい作品にも敏感でいたい。

以上のことは、T・Sエリオットの文学作品観に影響を受けたものだが、彼は作品と作者は完全に切り離して考えるべきだともいっている。作品から作者の信条や感情を探ることは意味がないと。だが、自分はそうは思えない。多かれ少なかれ作者(音楽においてはプロダクトに関わるすべての人)の何らかの意志はあるだろう。

例えばポピュラー音楽は売れてなんぼのもの。まず、「売る」という意志がはっきりしている。それに対してのアプローチは様々なのだが・・・
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by 708-z | 2006-01-28 02:16 | music
北川純子著 「音のうち・そと」を読破した。

音楽社会学という学問領域の成り立ちの経緯は明快にまとまっていてよかった。
また、社会学と音楽学双方の視点からのポピュラー音楽の分析は一見の価値ありだと思う。また、音楽学あがりの著者の強みが生かされている。

1993年に出版された本なので、少々古い話であるにしても光GENJIに対する分析は納得させられるものがあった。

自分自身がくだらないと切り捨ててしまうようなアーティストに実は分析するととてもおもしろいことが潜んでいるのではないだろうかと考えてしまった。
自らの価値基準で、つまり好きなアーティストを研究材料として取りあげがちなことはそういう意味において非常に危険なことだと思う。
えり好みするなと自分に対しての戒めもこの本からもらった。

ポピュラー音楽研究をする上で、音楽学の知識は不可欠ではないにせよ多少なりともあった方が絶対に良いだろう。
加えて、他ならぬ音楽を対象とする以上、他の研究対象の場合同様に音楽研究独自の方法論は特に有効なはずだ。

それは何か? まだわからないよ・・・
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by 708-z | 2006-01-26 01:28 | diary

計画A子

惜しくも解散してしまったが、知る人ぞ知る!? グラスゴーのアキバロックバンドUruseiyatsura

なんと、解散直後の2002年の中心メンバーの三人がProject A-koというバンドを結成していた。以前音源の発売はないものの、公式サイトによると地元グラスゴーでライブ活動をやっているようだ。
なお、音源が3曲ほど同サイトでダウンロードできるのだが、その中に「Ichiro on 3rd」という曲がある。「三塁上にイチロー」→「三塁ランナーのイチロー」というタイトルとバンド名からわかるように、依然として日本に思いを馳せているようである。
どうせなら、グラスゴーで最も有名な日本人である、セルティックの中村俊輔の曲も作ってもらいたいものだ。「Shunsuke on penalty ark」とかで・・・

Uruseiyatsuraは結局日本でのライブがないまま解散してしまい残念に思っていたのだが、Project A-koとしての来日を期待したい。
まぁでも、結成して約三年でいまだ音源を発売してないだけに、期待せずに気長にまつとしよう。


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by 708-z | 2006-01-23 02:02 | music

F*ck off

熱いフェイエノールトファン発見!!
サッカーが文化として根付いている証拠といえる一枚。
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by 708-z | 2006-01-22 04:49 | other

come back

ベスパが戻ってきた。
どうやら今回の故障の原因は、ガソリンソースが破れていてことらしい。
ポイントも調整してもらって完全復活。

暖かくなったらどこかへちょっと遠出したい。
あれ!かなり前に同じことを書いた気がする・・・
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by 708-z | 2006-01-20 02:08 | diary

walk'n

ベスパを修理に出しているので最近は徒歩がメイン。
大学まで歩いていくのだが、歩くとバイクに乗っているよりもはるかにいろいろなことに気づくことができる。

周りがよく見える。
年度末だからやたら工事が多いだとか、人びとの暮らし、空の色。

音もよく聞こえる。
車の音。話し声。工事の音。自分の足音。

においも感じることができる。
土のにおい。排ガスのにおい。焼き鳥のにおい。カレーのにおい。

風を感じることができる。
北風。向かい風。追い風。こがらし。

歩くことによる心地よい疲労感は味覚を鋭くする。
炒飯。プリン。スパゲッティ。

歩くことは五感リフレッシュに効果的だ。

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by 708-z | 2006-01-18 02:05 | diary

トレンディドラマ分析

トレンディードラマとは?

世界思想社刊 「メディア用語を学ぶ人のために」によると、

1 旬のタレントが主役
2 カタカナ商売の主人公
3 最新のファッションに身を包む
4 人気アーティストの主題歌
5 都会の最先端スポットをバックにした恋愛模様

の以上5つの点が特徴だという。

検証してみよう。
サンプルはトレンディードラマの代名詞的存在の「東京ラブストーリー」

1 旬のタレントが主役
 織田裕二、鈴木保奈美、江口洋介らの当時旬の若手を起用。
2 カタカナ商売の主人公
 完治とリカはハートスポーツというスポーツ用品メーカーの社員。カタカナ商売ではないが、テニスウェアーなどを扱っておりバブルのにおいはぷんぷんである。
3 最新のファッションに身を包む
 当時の鈴木保奈美の髪型と紺色のブレザーというファッションは最先端だったようだ。なお鈴木保奈美扮するリカはアメリカ帰りという設定もまたファッション。それから、パズルも出てくるのだが当時はやっていたようだ。
4 人気アーティストの主題歌
 いわずとしれた小田和正の「ラブストーリーは突然に」は270万枚も売り上げた。
5 都会の最先端スポットをバックにした恋愛模様。
 代官山がよく出てくるらしい。

う〜ん。「東京ラブストーリー」ではこの定義は当てはまるような当てはまらないような・・・ その後の「ロングバケーション」では、木村拓哉、山口智子主演。木村拓哉はピアニスト役。そして木村拓哉がドラマの中で乗っていたバイク、ヤマハTW400はヒット。久保田利伸の曲は大ヒット。撮影で使われていたマンションはオシャレと、こっちの方がよりあてはまっている。トレンディドラマがジャンルとして成熟したことが伺える。たぶん。  

トレンディドラマの話でした。
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by 708-z | 2006-01-17 01:55 | other

電話とテレビの位置

一昔前の日本の家の玄関を入ってすぐによく電話が置かれている。
アニメのサザエさん、ドラえもん、ちびまる子ちゃんのそれぞれの家の電話の位置を思い出してみたらわかりやすい。

何故なのか?

吉見俊也によると、家族が生活する家のなかで、電話は外的な社会に窓を開いているもので非常に異質なものだという。玄関はいうまでもなく、外的な世界への出入り口である。
つまり、外的な世界への窓という性質のため近くにおかれているのだという。

しかし、電話がコードレス化、ファクシミリ機能などと多機能化していく課程でしだいに家の中心である居へと電話が進出していった。現在の電話の位置というわけだ。

このことをふまえテレビの家での位置を考えてみた。
テレビは一家団欒時の娯楽の中心としていわゆる「お茶の間」の中心的存在として君臨していた。そう、家の中心である居間に位置していたのだ。テレビの家の中での存在意義は、家族全体へ娯楽を提供することであった。
ところが、録画機能付きのビデオデッキとレンタルビデオの普及、CATVやCS放送による多チャンネル放送の開始、家庭用テレビゲームの登場、はたまたテレビの低価格化と、多様化する価値観による家族内での各々の嗜好の分化によって、テレビは家の中心で家族全員で見るものから、家族各々別の場所で見るというように分散化しているといえるだろう。
それから、テレビよりもパソコンや携帯電話の登場で、テレビとの接触自体が短くなったことも、このテレビが家の中心ではなくなったことと無関係ではないであろう。

新しいメディアは人びとの価値観、家族生活を大きく変えてしまうのだ。
これは現代人が深くメディアと共棲しているからだ。
おそらく想像以上に我々はメディアから影響を受けていると考えるべきだろう。
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by 708-z | 2006-01-15 03:20 | other

K-26

iPodのイヤホンに嫌気がさしていたので(すぐにiPodだとわかることと、音質)ここはヘッドホンの一つでも買ってみようかと思い購入。

SHUREのE2Cも捨てがたかったのだけど、予算オーバーな部分もあった。
audio-technicaの誘惑に見事打ち勝ちAKGのK-26を購入。

エージング完了前だがいい音だ。
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by 708-z | 2006-01-08 00:35 | music
日本人の国民性と、姉歯氏のカツラと、耐震偽装問題にからむ各企業の態度。
これらは一見何の関連もなさそうに見える。しかし、これらのことは緊密に連関し合い日本人というものを見事にあぶり出してくれている。

まずは、耐震偽装問題に絡んでいる各企業の態度から考えてみよう。
目立つのは各企業の責任逃れ、隠蔽体質、といった態度だ。
それぞれに言い分はあるだろうが、悪かった部分が全くなかったとは言い切れないはずである。だが、皆一様に責任の押し付け合い。確認できなかった、把握していなかったと言い逃れている。誰一人として責任を取ろうとするものはいない。

次に、姉歯氏のカツラについて。禿げた頭を取り繕うためのカツラ。つまり、日本では禿頭=恥ずかしい、隠すべきだというのが常識だ。ところが、欧米でハゲは男らしいという価値観がある。イタリアのサッカーチーム、フィオレンティーナ所属のパンカロ選手は、ハゲている。しかもまだらに。しかし、実際に彼はイタリアでも有名なプレイボーイである。そう、モテモテなのだ。ハゲはむしろ男らしさとしてプラスに作用している。ところが、日本では反対に恥ずべきものとして存在するハゲ。価値観の違いといえばそれまでだが、ここにも日本人特有の隠蔽体質が見え隠れする。

最後に、日本人の国民性についてだが、そもそも国民性なんていう概念自体が有効なのだろうか?約1億2千万人もの人を一括りにすることなどナンセンス極まりないとも思うのだが、同じ文化、同じメディア、同じ教育を受けていることである程度共通する部分を抽出できると考えている。日本は曖昧文化であるといわれている。人間関係を円滑にする意味で、露骨な表現をさけ物事を曖昧にする傾向のことだ。この曖昧文化には功罪はあるが、ここではあえて罪のみに言及する。それは、曖昧にすることで責任の所在が希薄になってしまうことだ。つまり、問題に対するリアリティーが曖昧さで薄れてしまい自分と関係のないことだと感じてしまいがちだということである。

以上のことをふまえると、曖昧文化の日本人の国民性から隠蔽体質は生まれ、姉歯氏はカツラをかぶり、耐震偽装問題に関わる各企業は責任逃れに奔走する、といえるのではないだろうか。大げさに言うのであれば、この一連の問題は現代の日本社会の縮図。曖昧文化の罪の部分が凝縮されているのだ。そう考えると、同じ曖昧文化の中を生きている私たちにとっても決して他山の石ではないのではなかろうか。
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by 708-z | 2006-01-06 00:42 | diary